千字文の読み方と意味全文~ 習い事・お稽古事は西麻布書院へ

今まで七回に分けて千字文の読み方(音読み)と、読み下し文、そして意味についてご紹介してきました。今日は、度に全部見たい!という方のために、ここにまとめて掲載しようと思います。

 

1~18

天地玄黃(テンチゲンコウ)宇宙洪荒(ウチュウコウコウ)

 てんはくろくちはき、うちゅうはこうこうなり。

 天は玄(くろ)く地は黄色。宇宙は果てしなく広い。

日月盈昃(ジツゲツエイショク)辰宿列張(シンシュクレッチョウ)

 じつげつはみちかたむき、ほしぼしはならびひろがる。

 日はのぼり西に傾き月は満ち欠けする。星は星座に宿りが並び広がる。
寒來暑往(カンライショオウ)秋收冬藏(シュウシュウトウゾウ)

 さむさきたりあつさゆき、あきにおさめふゆにたくわう。

 寒さが来れば暑さは去る。秋に穫り入れ冬に蓄える。

閏餘成歲(ジュンヨセイサイ)律呂調陽(リツリョチョウヨウ)

 じゅんよとしをなし、りつりょはようをととのう。 

 閏(うるう)月で余った日数を整える。音曲を調子よく吹き鳴らせば陽気が整う。
雲騰致雨(ウントウチウ)露結為霜(ロケツイソウ)

 くものぼりてあめをいたし、つゆむすびてしもとなる。

 雲が起これば雨をもたらし、露が凍れば霜となる。
金生麗水(キンセイレイスイ)玉出崑岡(ギョクシュツコンコウ)

 きんはれいすいにしょうじ、ぎょくはこんこうにいず。

 金を産すは麗江の流れ、玉石を出すのは崑崙の山。
劍號巨闕(ケンゴウキョケツ)珠稱夜光(シュショウヤコウ)

 けんをきょけつとごうし、たまをやこうとしょうす。

 巨闕(きょけつ)という名剣と夜光の珠はともに至上最高の宝。
果珍李柰(カチンリダイ)菜重芥薑(サイチョウカイキョウ)

 かはりだいをちんとし、さいはかいきょうをおもんず。

 珍重果実はすももとからなし。重宝野菜はからしとしょうが。
海鹹河淡(カイカンカタン)鱗潛羽翔(リンセンウショウ)

 うみはしおからくかわはあわし、うおをひそみとりはかける。

 海は塩からく、河は淡白なものだ。魚は水中に潜り、鳥は空を飛び駆ける。

 

19~36 

龍師火帝(リュウシカテイ)鳥官人皇(チョウカンジンコウ)

 りゅうしとかていと、ちょうかんとじんこうと。

 龍の伏羲と火の神農、鳥の小皞(しょうこう)の三皇が世を治めた。
始制文字(シセイモンジ)乃服衣裳(ダイフクイショウ)

 はじめてもじをつくり、すなわちいしょうをきる。

 はじめて文字を作ったのは蒼頡(そうけつ)、上下衣服を作ったのは胡曹(こそう)。
推位讓國(スイイジョウコク)有虞陶唐(ユウグトウトウ)

 くらいをおしくにをゆずる、ゆうぐととうとうは。

 文字や衣服ができ秩序が定まってきたので賢者に帝位を譲った。陶唐(とうとう)氏が有虞(ゆうぐ)に、有虞が禹(う)に譲位したように。
弔民伐罪(チョウミンバツザイ)周發殷湯(シュウハツイントウ)

 たみをあわれみつみをうつ、しゅうのはついんのとう。

 民を哀れみ、周の武王は罪ある殷(いん)の湯王を討った。
坐朝問道(ザチョウモンドウ)垂拱平章(スイキョウベンショウ)

 ちょうにざしてみちをとい、すいきょうしてべんしょうす。

 玉座に座してただ治道を問う。衣を垂れ手をこまねいきながら天下治める。
愛育黎首(アイイクレイシュ)臣伏戎羌(シンプクジュウキョウ)

 れいしゅいつくしみそだて、じゅうきょうをしんぷくせしむ。

 名君は民を愛しみ育てる。外では蛮族を服従させ徳を天下に知らしめる。
遐邇壹體(カジイツタイ)率賓歸王(ソツビンキオウ)

 とおきもちかきもちをひとつにし、そつびんおうにしたがう。

 遠き近きも諸国が一体となり、地の果ての人々までも王に従う。
鳴鳳在樹(メイホウザイジュ)白駒食場(ハククショクジョウ)

 おおとりはきにあってなき、しろこまはにわにはむ。

 天下治まり名君がいる時は鳳凰(ほうおう)が樹で鳴き、王に意見を求めに来た賢者の白馬は草を食む。
化被草木(ガヒソウボク)賴及萬方(ライキュウバンポウ)

 かはそうもくをもおおい、らいはばんぽうにおよぶ。

 名君の徳化は草や木まで及ぶ。民の幸いは国々に満ちる。

 

37~50 

蓋此身髮(ガイシシンパツ)四大五常(シダイゴジョウ)

 けだしこのみとかみは、しだいごじょうなり。

 思うに我が身体髪膚(しんたいはっぷ)。身は地水火風の四大から成り、心には仁義礼智信の五常を備える。

恭惟鞠養(キョウイキクヨウ)豈敢毀傷(キカンキショウ)

 うやうやしくきくようをおもい、なんぞあえてきしょうせん。

 我が身を育てた父母の思いを忘れこの身体を痛め傷つけることがあろうか。
女慕貞絜(ジョボテイケツ)男效才良(ダンコウサイリョウ)

 おんなはていけつをしたい、おとこはさいりょうにならえ。

 女は心清く正しい行い心がけよ。男は才智を伸ばして才徳のある人間になれ。

知過必改(チカヒツカイ)得能莫忘(トクノウバクボウ)

 あやまちをしらばからなずあらため、のうをえてはわするるなかれ。

 己の過失に気付いたら必ず改め、習得したことは忘れるなかれ。

罔談彼短(ボウダンヒタン)靡恃己長(ビジキチョウ)

 かれのたんをかたるなかれ。おのれのちょうをたのむなかれ。

 人の短所は吹聴してはならない。自分の長所に奢り高ぶってはならない。
信使可覆(シンシカフク)器欲難量(キヨクナンリョウ)

 まことはふくすべからしめ、うつわははかりがたからんことをほっす。

 約束ごとは必ず守り、己の器量は他人に量り難いようにしておく。
墨悲絲染(ボクヒシセン)詩讚羔羊(シサンコウヨウ)

 ぼくはいとのそまるをかなしみ、しはひつじをさんす。

 墨翟(ぼくてき)は糸を染めるを見て人の心も悪に染まりやすいことを憂いた。詩経は官吏も質素な子羊の皮ごろもを着たと讃えた。

 

51~68 

景行維賢(ケイコウイケン)克念作聖(コクネンサクセイ)

 おおいにおこなうはこれかしこく、よくおもうはせいとなる。

 立派な行いを積む人は賢人であり よく人の道を思念する人は聖人となる。
德建名立(トクケンメイリツ)形端表正(ケイタンヒョウセイ)

 とくたてばなたち、かたちただしければかげただし。

 徳を施す者は名を成す。形正せば影も正しい。
空谷傳聲(クウコクデンセイ)虛堂習聽(キョドウシュウチョウ)

 くうこくにこえをつたえ、きょどうにきくをならう。

 大いなる谷に声が響き渡るように静室に音が伝わる。君子が善言を出すときは諸人はこれに服する。
禍因惡積(カインアクセキ)福緣善慶(フクエンゼンケイ)

 わざわいはあくのつむにより、さいわいはよきことのよろこびによる。

 悪行の積み重ねが災い招き、善行積めば幸い来る。
尺璧非寶(セキヘキヒホウ)寸陰是競(スンインシキョウ)

 せきへきはたからにあらず、すんいんはこれきそう。

 聖人は一尺の玉(ぎょく)を宝として尊ぶより、寸時を重んじる。時は得難く失い易いから。
資父事君(シフジクン)曰嚴與敬(エツゲンヨケイ)

 ちちにとりてきみにつかう、いわくたっとびうやまうとなり。

 父に仕えるのと同じ心で君に仕える。これ尊厳と敬愛をいう。
孝當竭力(コウトウケツリョク)忠則盡命(チュウソクジンメイ)

 こうにはまさにちからをつくすべく、ちゅうにはすなわちいのちをつくすべし。

 父母には心力の限りを尽くして孝行すべし。君主には命の限り忠義を捧げて仕えよ。
臨深履薄(リンシンリハク)夙興溫凊(シュクコウオンセイ)

 ふかきにのぞみうすきをふむごと、つとにおきてあたためすずしくす。

 忠孝の道を尽くすことは深い淵に望むように薄氷を履む時のように仕えよ。朝早起きし冬は寝床を温め夏は涼しいよう心配りをせよ。
似蘭斯馨(ジランシケイ)如松之盛(ジョショウシセイ)

 らんににてこれかんばしく、まつのさかんなるがごとし。

 蘭の香りに似るを目指して道を修め徳を立てよ。松が色を変えないようにその誉は讃えられるであろう。

 

69~80 

川流不息(センリュウフソク)淵澄取映(エンチョウシュエイ)

 かわはながれてやまず、ふちはすみてひかりをとる。

 川が休むことなく流れるように徳行を積むならば、深い淵が万象を映し出して澄み渡るように、その人望も高まるであろう。
容止若思(ヨウシジャクシ)言辭安定(ゲンジアンテイ)

 かたちはおもうがごとし、ことばはやすらかにさだめよ。

 立ち居振る舞いは厳かにし、言葉は落ち着いて穏やかに。
篤初誠美(トクショセイビ)慎終宜令(シンシュウギレイ)

 はじめをあつくすればまことにうるはし、おわりをつつしむはよかるべし。

 初めに誠意しめすが美徳。終わりを慎むはなお良し。
榮業所基(エイギョウショキ)籍甚無竟(セキジンムキョウ)

 えいぎょうのもとづくところ、せきじんにしておわりなし。

 身を正しくこれら教えの基づくところ、名声は高まり後の世まで伝えられるであろう。

學優登仕(ガクユウトウシ)攝職從政(セツショクジュウセイ)

 がくゆたかなればのぼりてつかえ、しょくをとりてまつりごとにしたがう。

 学に優れれば仕官の道を得る。登朝したら国政の一端に連なれ。
存以甘棠(ソンイカントウ)去而益詠(キョジエキエイ)

 そんするにかんとうをもってし、さってますますえいず。

 召公は巡行する時にならなしの樹の下に宿をとり訴を聞いた。人々は召公を慕い、その死後も徳をたたえて詠った。

 

81~102 

樂殊貴賤(ガクシュキセン)禮別尊卑(レイベツソンピ)

 がくはきせんをことにし、れいはそんぴをわかつ。

 音楽には官位序列によって差異がある。儀礼にも尊卑長幼を分ける秩序がある。
上和下睦(ショウワカボク)夫唱婦隨(フショウフズイ)

 かみやわらぎしもむつみ、おっととなえつましたがう。

 人君は臣民をあわれみ臣民は君主を尊んだ。家庭でも夫が唱えれば妻が従い夫婦仲睦まじい。
外受傅訓(ガイジュフクン)入奉母儀(ジュホウボギ)

 そとにてはふのおしえをうけ、いりてはははのおしえをうく。

 外では師に書計を学び、家では母を手本として教えを身に付け修めていくことである。
諸姑伯叔(ショコハクシュク)猶子比兒(ユウシヒジ)

 しょこはくしゅく、ゆうしをこにひす。

 伯叔母(おば)伯叔父(おじ)は父の兄弟の子であるから、まるで我が子同様に愛し、教え、育ててくれる。 
孔懷兄弟(コウカイケイテイ)同氣連枝(ドウキレンシ)

 はなはだおもうはけいていなり、きをおなじうしてえだをつらぬ。

 強く思いを馳せるは兄弟姉妹のこと。同じ父母の気を受けて、一本の幹から生じた枝葉のように一心同体である。
交友投分(コウユウトウブン)切磨箴規(セツマシンキ)

 こうゆうにはぶんをとうじ、せつましんきす。

 友と交わるにはお互いの誠を捧げ、互いに切磋琢磨して修行に励むべきである。
仁慈隱惻(ジンジインソク)造次弗離(ゾウジフツリ)

 じんじいんそくは、ぞうじもはなれず。

 慈しみ、恵み、いたみ憐れむ。人の道はこの四つの端(はじめ)より一時でも離れてはならない。
節義廉退(セツギレンタイ)顛沛匪虧(テンパイヒキ)

 せつぎれんたい、れんぱいにもかかず。

 節度、道義を守り、心清くへりくだることは、とっさの場合でも揺るがず。
性靜情逸(セイセイジョウイツ)心動神疲(シンドウシンヒ)

 こころしずかなればこころやすく、こころうごかばこころつかる。

 生まれつき性格の穏やかな人は安らかな心地がする。感情の起伏が激しいときは、神経が疲れる。
守真志滿(シュシンシマン)逐物意移(チクブツイイ)

 まことをまもればこころみち、ものをおえばこころうつる。

 物事の道理・人道を守る人は心が満ち平安である。事物に目を奪われ心を煩わす人は成功しない。
堅持雅操(ケンジガソウ)好爵自縻(コウシャクジビ)

 みさをかたくたもてば、よきくらいおのずからつながらん。

 堅く正しく節度を守り、行いを律すれば、高い官位につくことができる。

 

103~122 

都邑華夏(トユウカカ)東西二京(トウセイニケイ)

 みやこはるかに、とうざいににきょうあり。

 華夏(中国)の都は東西に二つ置かれた。東都は洛陽、西都は長安。
背芒面洛(ハイボウメンラク)浮渭據涇(フイキョケイ)

 ぼうをせにしらくにむかい、いにうかびけいによる。

 芒山を背に洛水を見る 渭水に浮かび涇水に拠る
宮殿盤鬱(キュウウデンバンウツ)樓觀飛驚(ロウカンヒキョウ)

 きゅうでんはばんうつし、ろうかんはひきょうす。

 宮殿には雲がたなびきわたり、高楼ははるか雲の上までそびえ立ち、まるで鳥が飛び立つようだ。
圖寫禽獸(トシャキンジュウ)畫綵仙靈(ガサイセンレイ)

 きんじゅうをうつしえがき、せんれいをえがきいろどる。

 楼閣の内部には鳥や獣を描き、神々や仙人を描いた壁画が満ちて眩しい。

丙舍傍啟(ヘイシャボウケイ)甲帳對楹(コウチョウタイエイ)

 へいしゃはかたわらにひらけ、こうちょうははしらにたいす。

 宮殿内の小さな家々の門は出入りできるように開いており、最高級のとばりが柱の前に連なる。
肆筵設席(シエンセツセキ)鼓瑟吹笙(コシツスイショウ)

 むしろをつらねせきをもうけ、ことをひきふえをふく。

 宮殿ではむしろを敷き席を設け宴を張る。大琴をひき笙(しょう)の笛を吹く。
升階納陛(ショウカイノウヘイ)弁轉疑星(ベンテンギセイ)

 かいをのぼりへいにいる、べんはてんにしてほしとうたがわる。

 宴席に集った者たちが宮殿の階段をのぼるさまは、冠がきらめき空の星のようだ。

右通廣內(ユウツウコウダイ)左達承明(サタツショウメイ)

 みぎはこうだいにつうじ、ひだりはしょうめいにたっす。

 宮殿内で右へ行くと通じる廣內殿(こうだいいでん)に通じ、左は承明殿に達する。
既集墳典(キシュウフンテン)亦聚羣英(エキシュウグンエイ)

 すでにふんてんをあつめ、またぐんえいをあつむ。

 すでに廣內殿にはあまたの書物を集め、承明殿には学識才能ある人々を集めた。
杜稾鍾隸(トコウショウレイ)漆書壁經(シツショヘキケイ)

 とこうしょうれい、しっしょへきけいあり。

 廣內には杜操(とそう)の草書、 鍾繇(しょうよう)の隷書、竹簡に漆で書いた典籍、壁中六経がある。

 

123~142 

府羅將相(フラショウショウ)路俠槐卿(ロキョウカイケイ)

 ふにはしょうしょうつらなり、みちにはかいけいならぶ。

 帝都には将軍や宰相の司る役所が連なり、大通りには三公九卿の車馬が並び続けている。
戶封八縣(コホウハッケン)家給千兵(カキュウセンペイ)

 こにははっけんをほうじ、いえにせんぺいをきゅうす。

 優れた民には八県の租税を与え、戦功のあった民には千人の兵士を給してその功をたたえた。
高冠陪輦(コウカンバイレン)驅轂振纓(クコクシンエイ)

 こうかんれんにしたがい、こくをかりえいをととのふ。

 高位高官が天子の乗り物につき従い、その前を侍臣たちが車を駆っていくさまは飾り紐を振るように美しい。
世祿侈富(セイロクシフ)車駕肥輕(シャガヒケイ)

 せいろくはしふ、しゃがはひけい。

 父祖代々より裕福な家は、車を引く馬はよく肥えてたくましく、車も軽やかに走る。
策功茂實(サクコウモジツ)勒碑刻銘(ロクヒコクメイ)

 さくこうもじつなれば、ひにろくしめいにこくす。

 功を上げた人の名は碑に勲功を刻み、銘に記して後世にたたえた。
磻溪伊尹(ハンケイイイン)佐時阿衡(サジアコウ)

 はんけいといいんは、ときをたすくるあこう。

 太公望と伊尹(いいん)は国を興す助けをした名宰相である。
奄宅曲阜(エンタクキョクフ)微旦孰營(ビタンジュクエイ)

 きょくふにえんたくす。たんなかりせばたれかいとなまん。

 周公旦は武王を助けて殷の王を討った功で曲阜(きょくふ)に居館を構えた。周公旦がいなければ誰がこの地を治めただろうか。 

桓公匡合(カンコウキョウゴウ)濟弱扶傾(セイジャクフケイ)

 かんこうはただしあわせ、よわきをすくいかたむくをたすく。

 桓公は国の乱れを正し、弱小国を救い、傾きかけていた国を助けた。
綺迴漢惠(キカイカンケイ)說感武丁(エツカンブテイ)

 きはかんけいをかえし、えつはぶていをかんぜしむ。

 綺里季(きりき)は太子漢恵帝を救い、帝の地位に就いた。傅説(ふえつ)は殷の宰相となった。
俊乂密勿(シュンガイミツブツ)多士寔寧(タシショクネイ)

 しゅんがいみつぶつして、たしまことにやすんず。

  太公、伊尹、周公などの賢者を天子が用い、天下はよく治まった。

 

143~162 

晉楚更霸(シンソコウハ)趙魏困橫(チョウギコンオン)

 しんそはこもごもにはたり、ちょうぎはおうにくるしむ。

 晋と楚はともに強国で代わる代わる覇を競い、趙と魏は秦の脅威に苦しめられていた。
假途滅虢(カトメツカク)踐土會盟(センドカイメイ)

 みちをかりてかくをほろぼし、せんどにかいめいす。

 晋は虞(ぐ)の道を借りて領土を通過し虢(かく)の国を滅ぼし、その帰路虞も滅ぼした。その子文公は諸侯を集め盟約を結ばせた。
何遵約法(カジュンヤクホウ)韓弊煩刑(カンヘイハンケイ)

 かはやくほうにしたがい、かんははんけいにやぶる。

 漢の蕭何(しょうか)は秦を破った時、簡素な法律を施行した。これに対し韓の韓非子は煩わしい刑法を施行したため民心が離れ国が滅びた。
起翦頗牧(キセンハボク)用軍最精(ヨウグンサイセイ)

 きせんとはとぼくとは、ようぐんにさいせいす。

 秦の名将白起と王翦(おうせん)、廉頗(れんぱ)と李牧(りぼく)の四将は、軍を率いるに最も精通した武将の代表的な者だ。
宣威沙漠(センイサバク)馳譽丹青(チヨタンセイ)

 いをさばくにのべ、ほまれをたんせいにはす。

 名将たちは砂漠の匈奴の侵入にもよく闘い勇名を轟かせた。死後も壁画に描かれ名声は馬が駆けるように伝わった。
九州禹跡(キュウシュウウセキ)百郡秦并(ヒャクグンシンヘイ)

 きゅうしゅうはうのあと、ひゃくぐんはしんあわす。

 禹(う)が中国を九州に分け、秦が百郡を併合し天下を統一した。
嶽宗恆岱(ガクソウコウタイ)禪主云亭(ゼンシュウンテイ)

 がくはこうたいをそうとし、ぜんはうんていをしゅとす。

 山は恒(こう)山と泰山を尊宗した。祭天の儀は泰山の麓にある云(うん)亭の二山を第一にした。
雁門紫塞(ガンモンシサイ)雞田赤城(ケイデンセキジョウ)

 がんもんとしさいと、けいでんとせきじょうと、

 北辺の要地に雁門山と万里の長城がある。雞田と赤城は北境にある。
昆池碣石(コンチケッセキ)鉅野洞庭(キョヤドウテイ)

 こんちとけっせきと、きょやとどうていと、

 山沢湖沼としては昆明の池、碣石(けっせき)山、広大な鉅野(きょや)の湿地、洞庭湖があげられる。
曠遠緜邈(コウエンメンバク)巖岫杳冥(ガンシュウヨウメイ)

 こうえんめんばくとして、がんしゅうようめいたり。

 これらの原野、湖沼はか遠くに広がり、広大な山々も遥かかなたにほのかに見えるだけである。

 

163~182 

治本於農(チホンヨノウ)務茲稼穡(ムシカショク)

 ちはのうをもととす、これかしょくにつとめよ。 

 国を治める根本は農業である。種をまき収穫するまでこれに努めることだ。
俶載南畝(シュクサイナンポ)我藝黍稷(ガゲイショショク)

 ことをなんぽにはじめ、われしょしょくをうう。

 南に面した日当たりのよい畑で耕作を始めた。きび、あわを植え付けて農業に励んだ。
稅熟貢新(ゼイジュクコウシン)勸賞黜陟(カンショウチュッチョク)

 じゅくをみつぎしんをみつぎ、かんしょうしちっちょくす。

 穀物を租税として納め新しい五穀を貢ぐのは農民の務め。よく納める者には賞をもって励まし、怠る者には罰を与える。
孟軻敦素(モウカトンソ)史魚秉直(シギョハイチョク)

 もうかはそをたっとび、しぎょはちょくをとる。

 孟子は人の善を愛した。史魚(しぎょ)は正直一途に生き、君に従えず自害するという直な人であった。
庶幾中庸(ショキチュウヨウ)勞謙謹敕(ロウケンキンチョク)

 ちゅうようをしょきし、ろうけんきんちょくにす。

 願わくば人は偏らず、功があっても驕らず、自らを慎み戒めて生きたいものだ。
聆音察理(レイインサツリ)鑑貌辨色(カンボウベンショク)

 おとをきいてりをさっし、かたちをみていろをわきまう。

 人の話しを注意深く聞いて真意を知り、顔を観察して感情の動きを知ることだ。
貽厥嘉猷(イケツカユウ)勉其祗植(ベンキシショク)

 そのかゆうをつたえ、そのししょくをつとむ。

 よい考えを子孫に残す。ただそのために慎み深く勉める。
省躬譏誡(セイキュウキカイ)寵增抗極(チョウゾウコウキョク)

 みをかえりみてきかいし、ちょうませばこうきょくす。

 自らの行いを省みていましめることが大切だ。栄誉を得れば驕り高ぶるので、十分に身を慎むべきである。
殆辱近恥(タイジョクキンチ)林皋幸即(リンコウコウソク)

 はじにちかくはじにちかづかば、りんこうにつくことをねがう。

 高位に昇るほど人から妬まれて恥辱を受けることが多くなる。その時は好機を見て引退し、山林や湖沼に囲まれた閑静な所へ退きたいものだ。
兩疏見機(リョウソケンキ)解組誰逼(カイソスイヒョク)

 りょうそきをみる。そをときてたれかせまらん。

 疏広(そこう)と疏受(そじゅ)の父子は士官後身を引く時機とみて官職を辞して故郷に帰った。誰かが迫ったものでもなく、機を見ての勇退であった。

 

183~196 

索居閒處(サクキョカンショ)沈默寂寥(チンモクセキリョウ)

 さくきょかんしょし、ちんもくしてせきりょうたり。

 人里離れた所に住み、物静かに暮らす。世事には口を出さず俗人と交わらずひっそりと暮らす。
求古尋論(キュウコジンロン)散慮逍遙(サンリョショウヨウ)

 いにしえをもとめてじんろんし、りょをさんじてしょうようとす。

 昔の人の思想を論じたり、自然の中を心のままにぶらぶらと歩く。
欣奏累遣(キンソウルイケン)慼謝歡招(セキシャカンショウ)

 よろこびいたりてわずらいさり、うれいさりてよろこびまねく。

 喜ばしい気持ちで心が満たされれば悩みや憂いは去り、楽しいことが自然に招かれるように集まる。
渠荷的歷(キョカテキレキ)園莽抽條(エンポウジョウジョウ)

 きょかはてきれきとして、えんぽうはえだをぬきんず。

 溝には蓮の花が鮮やかに咲き、庭園の草葉は生い茂り、木々の枝は豊かに伸びる。
枇杷晚翠(ビワバンスイ)梧桐早凋(ゴトウソウチョウ)

 びわはおそくみどりに、ごとうははやくしぼむ。

 枇杷は冬になってtも青々とした葉をつけている。桐は秋には早々と葉は萎れ落ちる。
陳根委翳(チンコンイエイ)落葉飄颻(ラクヨウヒョウヨウ)

 ちんこんはいえいし、らくようはひょうようたり。

 古い根はしぼみ枯れ、落ち葉は散って風のままに舞っている。
遊鵾獨運(ユウコンドクウン)凌摩絳霄(リョウマコウショウ)

 ゆうこんはひとりめぐり、こうしょうをりょうます。

 大鳥が一羽、天空のはるか高みを悠々と舞い飛んでいる。

 

197~216 

耽讀翫市(タンドクガンシ)寓目囊箱(グウモクノウソウ)

 たんどくいちにもてあそび、めをのうそうにぐうす。

 街に出ては書物を読み耽り、家にあっては袋や箱に収められた書物に注目し、ひたすら学問に励む。
易輶攸畏(イユウユウイ)屬耳垣墻(ショクジエンショウ)

 いゆうはおそるるところ、みみをえんしょうにつく。

 軽率になることはとかく畏れ慎むべきである。生垣や壁には耳がある。
具膳飡飯(グゼンサンハン)適口充腸(テキコウジュウチョウ)

 ぜんをそなえはんをくらう。くちにかないちょうにみつ。

 食事は礼儀正しく膳を据えて行うべき。食べ物が口に合い、腹がふくれればよく、ご馳走を食べるに及ばない。
飽飫烹宰(ホウヨホウサイ)飢厭糟糠(キエンソウコウ)

 あきてほうさいにもあき、うえてはそうこうにもたる。

 人は満腹の時はいかにおいしいにもでも肉料理でも食べることはできないが、飢えたときには米や麦の粕や糠でも食べる。
親戚故舊(シンセキコキュウ)老少異糧(ロウショウイリョウ)

 しんせきこきゅう、ろうしょうりょうをことにす。

 親戚や古くからの知己とは往来音信するべきである。老人には消化のよい栄養のある食事を与え、若者には粗末な食事でよい。
妾御績紡(ショウギョセキボウ)侍巾帷房(ジキンイボウ)

 しょうはせきぼうをぎょし、いぼうにじきんす。

 女の人は家内で糸を紡いで家事をし、閨(ねや)をつとめて夫に仕える。
紈扇圓潔(ガンセンエンケツ)銀燭煒煌(ギンショクイコウ)

 がんせんはえんにしてけつ、ぎんしょくはいこうなり。

 白い絹地のうちわは丸く、銀製の燭台には灯火が光り輝いている。
晝眠夕寐(チュウミンセキビ)藍笋象床(ランジュンショウショウ)

 ひるにねむりゆうべにいぬ、らんじゅんぞうしょう。

 昼寝をし、夜も眠る。時に若竹で作った藍色のむしろを敷物としたり、象牙で飾った寝台で眠る。
絃歌酒讌(ゲンカシュエン)接盃舉觴(セツハイキョショウ)

 げんかしゅえんし、はいをまじえしょうをあぐ。

 琴や琵琶をひき、歌い酒宴を催し、語り合い、杯を交わし、乾盃を重ねて宴を楽しむ。
矯手頓足(キョウシュトンソク)悅豫且康(エツヨシャコウ)

 てをあげあしをふみ、えつよしてかつやすし。

 手を振り上げ足踏み鳴らし、飛び跳ねて舞うことは喜びかつ心安まるものである。

 

217~228 

嫡後嗣續(テキコウシショク)祭祀蒸嘗(サイシジョウショウ)

 てきはこうをしぞくし、さいしはじょうしょうす。

 嫡子は父母の後を継ぎ、代々血統を絶やさぬようにつとめ、四季ごとの祖先の祭を催行しなければならない。
稽顙再拜(ケイソウサイハイ)悚懼恐惶(ショウクキョウコウ)

 けいそうさいはいし、しょうくきょうこうす。

 祭祀では額を地につけて二度深く礼拝し、祖先を恐れかしこみ敬い拝む。
牋牒簡要(センチョウカンヨウ)顧答審詳(コトウシンショウ)

 せんちょうはかんようにし、ことうはしんしょうにす。

 手紙は要点を押さえて書き、返事は詳しく、問い合わせについて明らかにするように努める。
骸垢想浴(ガイコウソウヨク)執熱願涼(シュウネツガンリョウ)

 がいにあかつけばよくをおもい、ねつをとりてはりょうをねがう。

 身体が垢で汚れた時は風呂に入って汚れを落としたいと思い、暑さが厳しいときは涼を求めるものだ。
驢騾犢特(ロラトクトク)駭躍超驤(ガイヤクチョウジョウ)

 ろらとくとくは、がいやくちょうじょうす。

 小さな馬、仔牛、若い牡牛などの家畜が、遊び戯れて跳ねまわり跳び上がっている。  
誅斬賊盜(チュウザンゾクトウ)捕獲叛亡(ホカクハンボウ)

 ぞくとうをちゅうざんし、はんぼうをほかくす。

 盗賊はただちに捕らえて斬り殺す。逃亡する者は探索し縄をかける。

 

229~250 

布射遼丸(フシャリョウガン)嵇琴阮嘯(ケイキンゲンショウ)

 ふがしゃりょうががんで、けいがことげんがしょうなり。

 呂布は弓を射ることに長け、宜遼(ぎりょう)は玉遊びが上手であった。稽康は琴の名手で、阮籍は詩を吟じた。
恬筆倫紙(テンピツリンシ)鈞巧任釣(キンコウジンチョウ)

 てんのふでりんのかみ、きんのたくみじんのつり。

 蒙恬が初めて筆を創り、蔡倫が紙を発明し、馬鈞(ばきん)は巧妙な指南車を考え、任公は釣り具を考案した。
釋紛利俗(シャクフンリゾク)並皆佳妙(ヘイカイカミョウ)

 ふんをときぞくをりする、ならびにみなかみょうなり。

 もつれる事物を解き明かし、世の中に利する、呂布・宜遼・蒙恬・蔡倫ともに皆優れた人々である。
毛施淑姿(モウシシュクシ)工顰妍笑(コウヒンケンショウ)

 もうしはしゅくしにして、たくみにひんしなまめかしくわらう。

 毛叱や西施はしとやかな美人で、眉をしかめても美しく、なまめかしく笑えばまた美しかった。
年矢每催(ネンシマイサイ)曦暉朗耀(ギキロウヨウ)

 ねんしはつねにせまり、ぎきはろうようす。

 年月は矢のように早く、促されるように過ぎていき、元に戻ることはない。日は光り輝き、月もまた明澄な光を投げかける。
璇璣懸斡(センキケンアツ)晦魄環照(カイハクカンショウ)

 せんきはかかりめぐり、かいはくはめぐりてらす。

 天体は宇宙を巡り、日月は循環して時に暗く時に明るく照らして、季節は移り変わっていく。
指薪修祜(シシンシュウコ)永綏吉劭(エイスイキッショウ)

 たきぎをさしこをおさめ、ながくやすんじてきっしょうなり。

 薪が燃えても尽きないように、熱意をもって人道を修めれば、幸福を得、安寧な生活が永く続き、吉事も招き寄せられる。
矩步引領(クホインリョウ)俯仰廊廟(フギョウロウビョウ)

 くほいんれいし、ろうびょうにふぎょうす。

 道を歩く際は、うなじを伸ばし、うつむく時も仰ぎ見る時も宮殿にいる時のように謹みと礼を失しないこと。
束帶矜莊(ソクタイキョウゾウ)徘徊瞻眺(ハイカイセンチョウ)

 そくたいきょうそうにして、はいかいせんちょうす。

 衣冠束帯で正装した時は厳然と威儀を正し、歩き回ったり、近くを見、遠くを眺める時にも、軽率な挙動とならぬよう努める。
孤陋寡聞(コロウカブン)愚蒙等誚(グモウトウショウ)

 ころうかぶんなれば、ぐもうとそしりをひとしずく。

 友もなく師もなく孤独で学問していても見聞が狭くなり、見識も十分ならず、愚か者とそしられ笑われても仕方がない。
謂語助者(イゴジョシャ)焉哉乎也(エンサイコヤ)

 ごじょというものは、えんさいいこやなり。

 文章には語助というものがあり、これがあって言葉が生き、文意が達せられる。この語助詞には、焉・哉・乎・也などがある。

 

 

お疲れさまでした。最後までお読みいただき、ありがとうございます。これを一週間ぐらいかけて書いていたら、とうとう左手が腱鞘(けんしょう)炎になってしまいました。(*o*)

 

それにしても、この千字文を作った周興嗣(しゅうこうし)は本当に優秀な文章家だったのだとつくづく思います。重複しない千文字を使って、四字一句の二百五十句から成る四言古詩の韻文を一晩で作ったと言われています(千字文の成り立ちについてはこちら)。この千文字で歴史を語り、名君や賢人、武将、庶民の生活を語り、人としてどう生きるべきかを諭しています。並みの才能ではないと、書きながらつくづく思いました。

 

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西麻布書院 代表  古川静仙

Seisen Furukawa / Head of Nishi-Azabu Shodo Studio

 

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